第二章 雪泥鴻爪

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「さては本気にしていなかったのですね」 「い、いえ、そういうわけでは……」 「少なくとも僕は、自分らしい字を追求したいというあなたの言葉が社交辞令には思えませんでした」 「それは……はい。仰るとおりです」  小さく答えながらひかえめな視線を右に向けると、暗がりにある横顔が口角を上げる。 「だんだんわかってきました、潤さんとの接し方」 「そうですか。……私はよくわからないです、私との接し方」  口走った言葉はどこか子供じみていて、愚かだった。それでも切実に救いを求め、一心にすがれるなにかを欲していた。 「だったらあなた自身を知ればいい。そのための書道です」  前方を見据えたまま、藤田は穏やかだが芯のある低い声で言った。  音を立てるワイパーが暗闇の中から迫ってくる灰雪を払い落とす。 ――今夜、降り止まないかもしれない。  潤は心の中で呟いた。声にはしなかった。  それは帰り道の懸念のようで、反面、破滅への祈りのようでもある。
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