第二章 雪泥鴻爪

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 ひとまず臨書の手本を取りにいくと言った藤田は襖を開けて廊下に出ていった。  潤は運転音を発するヒーターを見下ろし、そろりと歩み寄り吹き出し口の前に立った。  ほんのり灯油の匂いとともに漂ってくるあたたかな空気が、湿り気を帯びた浅履きのフットカバー越しに冷たい足を撫でる。雪の中を歩いたせいでパンプスから水が染みて濡れてしまったのだ。いっそのこと脱いでしまいたいが、裸足になるのは抵抗がある。  廊下を踏みしめる足音が聞こえ、潤はとっさに振り向いてその場に正座した。  いくつかの冊子と座布団を抱えた藤田が部屋に入ってくる。 「それが臨書のためのお手本ですか」  固い声に彼は微笑みを返し、近くの書道机に冊子を置いた。「どうぞ」と言って机の前に座布団を敷くと、その隣に腰を下ろしあぐらをかいた。  最後列の隅。レッスンの日と同じ机だ。潤は礼を言って座布団に座り直した。
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