第二章 雪泥鴻爪

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 彼の膝が脚に当たりそうで当たらない妙な距離感の中、「さて」と低い呟きがしっとりと響いた。 「これは法帖といいます」 「ほうじょう……」 「うん」  軽く相槌をうった藤田は積まれたそれを一冊ずつ降ろしていく。 「先人の筆跡を拓本にとり、保存や鑑賞、学書用に仕立てられたものです」  その説明とともに、十冊ほどの法帖が重なり合いながら机の上に所狭しと並べられた。それぞれ様々な色合いの表紙――中には部分的に色褪せた年代物らしきものもある――には漢字が縦に並ぶ。おそらくタイトルだろうが、当然ながら潤にはなんと書いてあるかわからない。 「まずは第一印象。どうぞ手に取って中をご覧ください」  その愉快げな声に背を押され、潤は手前にある群青色の古そうな一冊を手にしてみた。よく使い込まれているような手触りを感じながら、ゆっくりとページをひらいていく。
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