第二章 雪泥鴻爪

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 藤田の顔をひかえめに見てみると、続けて、と言うかわりに彼は黙って頷いた。その表情があまりにも愉しげで、無邪気な子供のようで、それがかえって彼の寛容さを証明しているように思えた。  心の視界を遮る靄を少しずつ取り払うように、潤は丁寧に言葉を選んでいった。 「整った静けさのある字は素晴らしいと思います。けれど私は、その中にもこう……あたたかみとか、強さとか、激しさとか、そういうものが滲み出ている字を好むようです。たとえば、藤田先生の作品のような……」  言い終えるより先に、潤は藤田の視線を避けるために俯いた。  今それを目の当たりにすれば、内にひそむすべてを解放せずにはいられなくなる。慰めを求めてしまいたくなる。その熱情に身をうずめてしまいたくなる。そう直感したからだ。
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