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それからしばらく手本選びに集中した。無理にでもそうしないといけない気がしたからだ。
じっくりと、そこにある文字をひとつずつ観察する。一点一画を丁寧に見ていくと、楷書は楷書でも作者によってその姿はまったく異なることが素人目にもわかった。理知的な字、洗練された字、悠然とした字、切れ味のよい字、妙味に富んだ字……。
潤がその奥深さに唸りながら法帖をめくっているあいだ、藤田は隣で静かにそれを見守っていた。潤が自ら感想を口にするまでは決して先に説明をしない。その無言には、先入観を持たず感じたとおりに評してほしいという想いが込められているように思えた。
残すところあと三冊となった。やはり藤田からは事前に情報を与えられることなく、潤はページをひらいた。
「ああ……」
思わず感嘆のため息がこぼれる。そこに堂々と構える雄健な字に、一瞬にして心奪われた。
全身を強風が吹き抜ける。まるで腹の底をくすぐられているような浮遊感が率直な想いを口にさせる。
「先生。私、これが好きです」
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