第二章 雪泥鴻爪

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「全体的に線が太いですね。縦の線に丸みがあるような……」  感覚的に述べてみると、藤田は「そうですね」と肯定してくれた。 「向かい合う姿勢と書いて向勢。相対する縦画が互いに外側へ膨らむようにして向き合う書風をそう呼びます。たとえば、これ」  男らしい人差し指が文字列の中にある『國』という字を指し示す。 「左右の縦画が両サイドに丸く膨らんでいるでしょう」 「はい」 「顔真卿の楷書の大きな特徴のひとつです。これに対し、潤さんが最初に見た欧陽詢の九成宮醴泉銘によく見られるのは、背勢。縦画が互いに背を向け合うように内側に反っています」  両手の人差し指でくびれを描く動きを見せながら藤田は説明した。  潤が納得して頷くと、微笑んだ彼はふたたび書に目を落とす。その鋭く引き締まった横顔をさりげなく見つめたあと、潤もまた同じように視線を書に戻した。
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