第二章 雪泥鴻爪

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「それまでは、東晋時代の王羲之(おうぎし)という書家の優美で貴族的な書風が好まれていました。欧陽詢の書は、王羲之の伝統に倣って確立された厳密な書法に基づいているのです。顔真卿の書はその古法を継承しながらも、それとは異なる美意識のもとに培われました。人間性を重んじる革新的な書道で、特に楷書はかなり個性の強いものですから、現代でも評価は二分されています」  ゆったりとした口調で藤田は語った。 「賛否両論あるということですか」  静かに尋ねると、彼は「まあそういうことです」と答える。 「行書においては王羲之に匹敵すると文句なしに称賛されているのですがね。それはまた今度」  そう言って法帖を机の上に置いた彼は、残された最後の一冊を手に取った。
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