第二章 雪泥鴻爪

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「私は……」  なにか言わねばと呟いたとたん、意図せず目頭が熱くなった。腹の底から言いようのない激情が湧きあがる。  このままでは無防備な泣き面を晒すことになると思い、潤は藤田の熱い手から逃れようと自ら腕を引いた。  その大きな手は一瞬わずかに抵抗の意思を示したかに思えたが、潤の細い手を引き戻すことなく離れた。 「先生……後ろを向いてくださいますか」 「後ろ?」 「はい。お願いします」  俯き加減に発した固い声にただならぬものを感じたか、藤田はのそのそと身体を動かし背を向けた。  少し猫背なその広い背中を見つめながら、潤は目から静かに流れ出るあたたかなものを認めた。ひとすじ頬を伝い落ちるたびに抑圧されていた感情が込み上げ、こらえようとすればするほど唇が激しく震える。
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