第二章 雪泥鴻爪

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 彼は続きを口にすることを躊躇しているようだった。核心に触れればその熱に溶かされ、そこから雪崩のように崩壊していくのが目に見えているからだ。  今さら言葉の制御などなんの意味があろうか。そのたくましい腕に捕らえられ、硬い胸板に覆われ、欲情を湧き起こされて、すでに引き返せないところまで連れてこられてしまったというのに。 「……ずるいです」  潤が涙声で小さく呟けば、藤田は熱い息を吐き出す。 「ああ……ごめん」  心の声がそのまま放たれたような切なげな囁きは、なにもかも吹き飛ばしてしまうほどの威力があった。  潤は自身の華奢な身体を隙間なく抱きしめて離さない男の腕に身を委ね、後ろに引き寄せられるまま力を抜いた。 「嫌だなんて、言えません。……言いません」
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