第二章 雪泥鴻爪

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 その言葉がなにを意味するのかを窺い知ることはできない。壊すのは心か、身体か、それとも誠二郎との夫婦関係か。あるいはそのすべてか。 「潤さん……」  まるで愛を乞うようにも聴こえるその切迫したかすれ声は、背徳感の裏側を覗きたがらせる。覗き込めば、闇の中で蠢く欲望の塊を見つけるかもしれない。そのグロテスクな恐ろしさに後悔するかもしれない。  それでも潤はそれを覗き込む。自分を切に求める男に導かれて。 「昭俊さん」  その頬を両手で包み名前を呼ぶと、彼はひたいを離して見つめてくる。その瞳には驚きと少しの恥じらいが滲んでいるように見えた。  ふたたび重ねられる唇に応え、ねじ込まれる肉厚な舌を受け入れる。服の下から差し込まれた熱い手に背中をまさぐられて嬌声をあげると、そのまま後ろに働く力に抗うことなく、潤は覆いかぶさってくる藤田とともに畳に崩れ落ちた。
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