第二章 雪泥鴻爪

80/113
前へ
/391ページ
次へ
 潤は首を小さく横に振った。怖いのは藤田そのものではない。  このまま腹を切り裂かれるようにして、内側からすべての欲望を引きずり出されてしまいそうで怖い。本当の自分を――無知なふりをしながらいやらしい想像にまみれた女を知られるのが怖い。だが、そんな自分を見つけて貪ってほしいとも思う。  相反する感情が交錯し、夫から強引に欲望をぶつけられたあの夜とはまったく異なる恐怖と快感がうねりとなって襲ってくる。 「……して……こわ、して……っ」  ほとんど声にならない声で潤は懇願した。藤田がその精神の奥底にもつ激しさで、大きく波打つこの心を貫いて静めてほしい。  耳元で悩ましげな呻き声がした。ふたたび首に噛みつくような口づけを落とされ、ニットとインナーが強引にめくり上げられた。
/391ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2035人が本棚に入れています
本棚に追加