第二章 雪泥鴻爪

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 その笑顔を崩してみたい。もっと、とろとろに惚けきった情けない顔を見てみたい。声にならない声を聴いてみたい。自分の手で、引き出したい。  それは、潤が人生で初めて自覚する気持ちだった。なぜこの男に――考えて答えが出るのなら、これほどの焦燥感を感じずに済むのだろう。  潤はベルトの留め金に触れている指をそっと上に引き、指の背で藤田のへそのまわりをするりと撫でた。  うっ、という小さな呻きが降るとともにその硬い腹筋がひくりと跳ねる。  両手のひらを肌に這わせ、筋肉の凹凸を確かめるように上半身を満遍なく撫でまわす。厚い胸板、太い鎖骨、広い肩、そこからまた撫で下ろして脇腹に手を滑らせると、びくっと反応した藤田が愛撫を避けるように上体を起こし膝立ちになった。 「もうだめです……」  表情を歪めて囁いた彼は、潤に視線を縫いとめたまま片手でベルトを荒々しく外し、ズボンの前を開けた。  濃灰色のボクサーパンツを履いた猛々しい下半身が晒された。腰から下腹部に刻まれた稜線の先で、硬く育った彼自身が布を突き破ろうと首を伸ばしている。
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