第二章 雪泥鴻爪

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 ひとり取り残されると、部屋の中が妙に広く、寒く感じる。  まるで何事もなかったかのように、たやすく空気を切り替えられてしまった。自ら下着を脱ごうと指をかけた瞬間の彼の瞳は間違いなく、まっすぐに自分を欲していたのに。自分だけが舞い上がっていたのかと思うほどの急な温度変化に潤は戸惑い、ぼんやりと藤田の残像を意識の中に映す。  ふいに、足元で繰り返されていた振動が止まった。はっと我に返り、すばやくしゃがんでトートバッグの外ポケットに手を入れた。スマートフォンを取り出してロック画面を確認する。 「え……」  そこに表示された予想外の名前に声を漏らさずにはいられなかった。  急いで画面に指を滑らせ電話をかけ直す。耳に押し当てた受話口で響く呼び出し音は、一回で止まった。
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