第二章 雪泥鴻爪

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 潤はスマートフォンをバッグに戻し、小さくしゃがんだまま胸元のニットを握りしめる。 「服を着てください。風邪をひいてしまう」  微苦笑を浮かべて言った藤田は法帖が置かれたままの机の前に腰を下ろした。紙袋を下に置くと、法帖を手にして眺めはじめる。着る様子を見ないようにするための配慮か、特に意味はないのか。その背中はなにも語らない。  潤は静かに立ち上がり、藤田の後ろに放置されている衣類に歩み寄った。ふと視線を移し、彼の頭を見下ろす。黒い髪は情事のせいで少し乱れている。  今この背中にすり寄り、髪を撫でまわして思考を奪えば、この人はふたたび応えてくれるだろうか。そうしたら、ふたり一緒に力尽きるまでその腕の中に閉じ込めていてくれるだろうか。叶うはずのない想いを抱きながら潤はその場に膝を落とし、淫らに寝そべるブラジャーを手に取った。
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