第二章 雪泥鴻爪

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 背中越しにその気配を感じながら黙って服を着ると、潤は自らコートに歩み寄りハンガーから降ろした。現実が刻一刻と迫る。腕を通し、ゆっくりと振り返れば、法帖を閉じた藤田が振り向き静かな笑みをよこした。 「送ります」  そのひとことは、夢の終わりを示していた。  腰を上げた藤田の手にはさきほどの紙袋がある。視線に気づいた彼はそれをひらいて中身を取り出してみせた。  綺麗に個包装されたカップケーキ。藤田の見た目からは想像もつかないものを前にして言葉を失くす潤に、彼は苦笑を浮かべた。 「お腹は空いていますか」  たしかに午後からなにも腹に入れていない。思い出すと急激に空腹感が襲ってきた。潤が小さく頷くと、藤田は優しく微笑んだ。
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