第二章 雪泥鴻爪

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 車が揺れ、手中にあるカップケーキのラッピング袋がかさりと音を立てた。  視界の端で藤田の手がステアリングを握り直すのが見えた。 「電話……やはりご主人でしたか」  低い声に問われる。  潤は「いいえ」と小さく呟いた。 「女将です」  沈黙が流れる。その沈黙の中には数えきれないほど多くの言葉と感情が飛び交う。なにかを伝えようとしてくる無言に耐えられず、潤は自ら口をひらいた。 「私、追い出されてしまうのでしょうか」  弱音を吐いて安心したのか、湧きあがってきた涙が視界を覆った。こぼれ落ちないように目をひらいてまばたきを我慢する。 「僕のせいです」  粛々と、低音が落とされた。なにかを背負おうとしているような声だった。  潤は俯き、首を左右に振った。ぽたぽた、と涙が落ちた。
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