第二章 雪泥鴻爪

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 さきほどの駐車場に辿り着くと、街灯を避けるように奥まで入って停車した。  暖房を止めないためか、ここに長居する気がないからか、藤田はエンジンを切らない。潤はシートベルトを外し、気休めに纏め直した髪を確認するようにもう一度撫でつけてから、ひかえめに隣を見た。 「あの……送っていただいて、ありがとうございました」  薄暗い中にある横顔は、なにを見るわけでもなくただ前方に視線を送っている。その空気は硬い。  潤はどうすればよいのかわからず唇を噛みしめた。今夜のことはなかったことに、とでも言い残すべきだろうか。 「……では、帰ります」  結局それしか言えなかった。助手席のドアを開けようと手を伸ばしたとき、突然横から近づいた気配とともに腰に手を回され、ぐいと抱き寄せられた。  藤田は髪に顔をうずめて匂いを嗅ぐように深く吸い、熱い息を吐く。そうして低い囁きを落とした。 「来月末、所用で東京へ行きます。逢えませんか」  それは脳をゆらりと浮遊させる、魔性の響きだった。
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