第二章 雪泥鴻爪

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 野島屋に続く車道の向こうから、鈍い足音とともに人影が近づいてきた。 「潤さん……!」  ふだんより焦燥感を増した冷たい声に呼ばれ、心臓が早鐘を打つ。このまま鼓動が暴走して突然止まってしまうのではないかと思い、潤は胸にこぶしを押しつけた。  街灯が浮かび上がらせるのは、着物の上に羽織を着た女将が草履で小走りに向かってくる姿。それが薄く積もった雪に足を取られて一瞬よろけた。  潤はとっさに駆け寄った。  手を差し伸べられることを嫌ってか、女将はすかさず体勢を立て直し、ふだんどおりの立ち姿で静かに佇む。  白い息が女将に届かない距離で潤は立ち止まった。まっすぐに送られてくる鋭い視線は乱れたまとめ髪から徐々に下がり、やがて左手に収まるラッピング袋に留まった。トートバッグに入れておかなかったことを後悔してももう遅い。
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