第二章 雪泥鴻爪

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 穢らわしいものでも見るかのようなその目は、ため息とともに失望の色を濃くした。 「たかがこんなもの、疑いの種にもならないと思っているのでしょうね」 「…………」 「どこで手に入れたか尋ねられたら、あなた説明できるの」 「そ、それは」 「なんと軽率な」  そのひとことに心臓を突き刺されて口を閉ざすと、女将の冷ややかな視線はふと潤の後方に移された。 「それともあの方、わざと……」  疑念を孕んだその呟きと目線に突き動かされ、潤は衝動的に振り返った。  十数メートル先には黒いSUVが変わらず同じ位置にある。運転席の様子は暗くてよく見えない。  ドアがひらき、藤田がその姿を現した。  潤はとっさに女将に向き直る。彼女は厳しい表情で藤田を見据えていた。  ふたたび後ろへ視線を戻した潤の目に入ったのは、薄暗闇の中にある長身が深く一礼する瞬間だった。その所作が丁寧で美しいことは遠くから見てもわかった。
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