第二章 雪泥鴻爪

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 数秒後、藤田がゆっくりと上体を起こした。  きっと凛々しい表情を崩さずにいるに違いない。そう思いながら潤は無意識のうちに左手に力を込めた。ラッピング袋がかさりと音を立てた。  危うい均衡を引き裂く音に反応した女将が鋭い目をそれに落とす。 「私が処分しておきます」  それだけ言うと筋張った細い手を差し出した。 「あ、あの、これは……」  なんと説明すればよいのかわからずに口ごもると、すっと近づいてきた女将は続きを聞く気はないと言わんばかりにそれを奪い取った。 「そ、それはっ……先生の生徒さんがっ」 「だからなんだというの!」  冷気を切り裂く荒々しい声が放たれた。これほどまでに怒りを露わにする女将の姿を見るのは初めてだった。
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