第二章 雪泥鴻爪

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 脚が震えている。今にも崩れ落ちそうなほどに。寒さからか、それとも恐怖か。どちらにせよ全身が萎縮していることは明白だった。  女将は小さな息をひとつ吐き、藤田を一瞥すると、背を向けて静かに言った。 「雪、たいして積もらなかったわね。明日には解けているでしょう。今のあなたたちと同様」  突然の言葉に潤が息を呑むと、それを背中で感じ取ったのか女将はこう続けた。 「あの方との軽薄な関係など儚いものよ。すぐに解け、消える。跡形もなく。私の言わんとすること、わかるわね。誠二郎のそばを離れる覚悟がないのなら」  その名を耳にした瞬間、心が凍てついていく。流れる熱い血が凝固するように。  盲目的に、中途半端な覚悟で夫以外の男に抱かれようとした、ずるくて汚い女は現実に引き戻された。
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