第三章 一日千秋

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 一ヶ月前のあの雪夜以来、潤は野島屋に出入りしていない。  甘い期待と絶望を一夜にして体験した翌朝、目覚めた潤は全身に倦怠感を覚えた。体温を測ると三十八度を超えていた。寒い中ほとんど裸足のような状態で出歩いたせいか、あるいは畳敷きの広い部屋で夫以外の男に素肌を晒したせいかもしれない。  そのどちらも知らない誠二郎は、謝る潤に「気にしなくていい」と笑うとしばらく仲居の仕事を休むよう命じた。もともと戦力外なのだから、という言葉はさすがになかったものの、その薄い笑みはかすかな苛立ちを示しているように見えた。  雪は、やはりその日のうちにほとんどが解けてしまった。すべての証拠を消し去るように。 ――野島屋には、もう来なくてよい。  結果的にあの宴会で女将に言われたとおり野島屋と距離を置くことになった潤は、風邪が完治しても仕事には行かず社長の見舞いに通った。「あなたが来るのを楽しみにしているみたい」と看護師からこっそりと明かされ頻繁にそうするようになると、住まいから目と鼻の先である旅館へはますます足が遠のいた。
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