第三章 一日千秋

4/112
前へ
/391ページ
次へ
 社長の病状は、芳しくはない。身の置き所のない倦怠感や吐き気などの症状で食事も受けつけなくなり、夜は睡眠剤を使っても眠れなくなったため、積極的治療を中止し苦痛を和らげることを目的としてこの病棟に移動してきた。三日前のことだ。  最期は静かに眠らせてほしいという本人の希望により、家族との話し合いを経て、鎮静(セデーション)を行うと決めた。意識を低下させる薬剤を投与して苦痛緩和を図るものだ。今は鎮静剤を調整しながら点滴してもらうことで夜眠れるようになったようで、昼間は比較的穏やかに過ごせる時間が増えた。 「すまないな」  ひとことだけ、社長は誰に言うともなく呟いた。  潤は目を閉じたままの社長に笑みを向け、静かに首を横に振る。謝るべきなのはこちらなのに、と思いながら。  あの夜のことはもちろん、野島屋に一切出入りしていないことも社長には打ち明けていない。女将に口止めされているのだ。「悪いと思うなら最後まで隠しとおしなさい」と釘を刺されている。
/391ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2035人が本棚に入れています
本棚に追加