第三章 一日千秋

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 昨夜から降りはじめた雪は山あいにひそむこの町を覆い、潤に藤田の素肌のぬくもりを強く思い出させた。今朝、簡単には消えそうにない白銀の景色を目の当たりにしたとき、かろうじて残されていたわずかな火種がひそかに再燃するのを胸の奥に感じた。  しかし、恋とも愛とも呼べない想いを誰にも知られずに育みつづけられるほど賢くはないし、器用でもない。  改めて自覚し、潤は俯いて静かに嘲笑を浮かべた。 「潤さん」  ふいに呼ばれて顔を上げると、社長が目を開けてその瞳をわずかに動かした。その視線は潤を捉えるわけではない。苦しい命の抗いから解放され、小さくなっていく尊い炎をそっと見守るように穏やかだった。 「あんたの好きにしなさい」 「え……」 「今になって、誠二郎にも、そう言ってやればよかったと……」  社長はかすれた声を途切れ途切れに絞り出し、自らの役目の終わりを示すように真情を吐露した。
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