第三章 一日千秋

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 それがなにを意味するのか知りたくなり、潤は思わず口をひらいた。しかし数秒そのまま固まったあと、なにも言わずに唇を噛みしめた。取り返しのつかないことを尋ねそうになった自分を責め、笑みを繕う。 「誠二郎さんは、お父様のお気持ちをわかっていると思います。そのうえで野島屋を守ると自分の意志で決めたのです。顔を見ればわかります。……大丈夫です。私もいます。誠二郎さんを、支えます」  震えはじめる声を必死に抑えながら、潤は哀しい嘘をついた。いや、決して嘘ではない。そうあるべきだと思っているのは本当だ。 「もう少ししたら女将が来ますよ。今日からここに泊まってずっと一緒にいるそうです」 「いらんと言ったのに」  そう答える社長の表情にはかすかに安堵が浮かんでいるように見える。 「咲江(さきえ)……」  静かに目を閉じ、まるで神に許しを乞うように女将の名を口にした。その意識はすでにどこか遠く離れた場所へ飛び立つ準備を始めたのかもしれない。
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