第三章 一日千秋

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*  古いが大きく立派な木造二階建て家屋。その隣にひっそりと並ぶ、こぢんまりとした平屋――野島家の離れに帰ってきた潤は玄関戸の前に立ち、トートバッグの外ポケットから鍵を取り出した。鍵穴に差し込んで回し解錠すると、からからと引き戸を開けて中に入る。  戸を閉め、静寂の中でため息をつく。近頃はここに立つたびに思うのだ。結局また帰ってきてしまった、と。  玄関戸のすりガラス越しに射し込む昼下がりの光を背に立ち尽くしていると、藤田の家の広くて寒い土間が思い出された。そしてあの部屋の映像が甦り、彼の声と感触が溢れて全身に襲いかかってくる。  甘く激しい記憶に身震いした潤は、高さのある上がり框にどすんと腰かけ、雪のついた黒いレインブーツを片足ずつ乱暴に引っ張って脱ぎ捨てた。
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