第三章 一日千秋

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 これまでそれを手本に独自に臨書を進めてきた。筆遣いがわからなければその都度調べ、顔真卿の書風に少しでも近づけるよう納得がいくまで練習を重ねた。  藤田から教わりたいと何度思ったことだろう。  この線はどう運筆すれば出せますか。この文はどのような意味を持つのですか。また連絡すると言っていたのは嘘ですか――。すべての疑問を呑み込んで、ただ書と向き合ってきた。  昨日の続き『厭俗』から始まるページをひらいてたもとに置き、その筆法を食い入るように観察する。見ているだけでも充分愉しめるが、潤は筆を取った。  穂に墨を吸わせ、黒く艶めくそれを硯の縁で丁寧に整えると、腕を構えて深呼吸し、白い紙に静かに穂先を降ろした。  起筆は力強く打ち込む。横画は細く、縦画は太く、そして縦画の左は細く、右は太くなるよう意識する。横画の収筆は筆の弾力を活かし、起筆のときより強い筆圧で右斜め下に押し込む。左払いは鋭く、右払いは太く堂々と……。
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