第三章 一日千秋

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 新しい半紙を用意すると、潤はふたたび筆を手にした。  続きの『自誓出家』から始めて八文字を書き終えた時点で、硯には墨がなくなっていた。時間をかけて摩ってもすぐに減ってしまうのだ。  潤は書道バッグから市販の墨液を取り出した。ふたを開け、硯に液を足し入れる。練習に時間を割きたいときはこうしている。  臨書を再開し、さらに八文字書き進めた。『宿命潛悟』の最後の横画を押さえると、紙から静かに穂先を離した。半紙におさまるその四文字を眺め、口元を歪める。 「……下手」  苦笑まじりの呟きが、いびつな心に冷たく沁みた。  全部で二千字以上ある文字を毎日少しずつこつこつと書き進めてきたが、今書いている部分はまだ序盤だ。  静まり返った孤独な時間。いつか途中で挫折するかもしれない。だが今はとにかく愚直にやるしかない。情熱と信念を試されているようなこの状況を乗り越え、志を貫きとおすことができたら、なにかが変わるのではないかと潤は願う。
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