第三章 一日千秋

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『点は石を落としたよう、線は夏の雲のよう、転折は金属を曲げたよう、戈法は強弓を放つよう。顔真卿の楷書はそう評されています。』 『情景を想像して、思い切って書いてみてください。臨書は大切です。しかし技術ばかりに気を取られると字が萎縮してしまいます。』  藤田の指摘どおりだった。誰が見ているわけでも、誰に見せるわけでもないのに、うまく書こうと一点一画にこだわりすぎて気持ちがすっかり縮こまっていた。 「点は石を落としたよう……」  潤は声に出して読みながらイメージを膨らませていく。地面を叩く石、むくむくと立ちのぼる巨大な雲、ぐいと曲げた金属、弦を強く張った弓を引いて勢いよく放つさま……。  すると、画面にはさらにメッセージが追加された。  そこに現れた一文は、一瞬で潤の心を奪った。 『紙の上では、あなたは自由です。』
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