第三章 一日千秋

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『抑圧と解放、欲望と苦悩、様々な感情で埋め尽くされた混沌。一見美しさとは無縁のような、紛れもない美です。とても美しい書です』  じっくりと語りかけてくるその低い声に、潤は唇を薄くひらいたまま言葉を失くしていた。書に透過した心を覗き込まれている気分だ。  まるでその様子を見て愉しんでいるかのように藤田が電話の向こうで笑い声を漏らす。そうしてひとつ咳払いすると、彼は真剣な声で説きはじめた。 『前にも言ったでしょう。書道という芸術における美しさは人によって異なるのです。ほかの誰の目にどう映ろうと、たとえあなた自身がどう思おうと、僕はあなたの気迫溢れる作品を美しいと感じます。どうしようもなく惹かれるんです』  最後のひとことはひときわ熱を帯びて重厚に響き、ぐらりと脳を揺さぶった。
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