第三章 一日千秋

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 しつこいほどの賛辞は自己否定に陥りがちな思考を幾度もすくい上げ、自己を肯定させようとする。悲観の沼底から引き上げられた孤独な精神は、呪いのごとく心を縛りつけてきた劣等感まみれの泥を拭い落とし、少しずつ本来の姿を取り戻そうとしている。 「こんなに褒めてもらえたの、初めてかもしれません」  思わず呟くと、受話口からは「そうですか」と神妙な声が聞こえた。 「でも私、反射的に疑ってしまって……昔から怒られてばかりだからかなあ」  冗談まじりに言ってみたが、電話の向こうは静まり返っている。 「……昭俊さん」  たまらずその名をこぼすと、「うん」と穏やかに返される。  ふと彼が言った。 『信じて』  おそらく優しく眉を下げながら。  目頭が熱くなり、視界がぼやける。潤は黙って何度も頷いたあと、一度だけ「はい」と答えた。
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