第三章 一日千秋

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『……毎日、思い出していました』  静かな声が流れてくる。なにを、と潤が尋ねる前に藤田は続きを発した。 『姿勢を正して書に向かう背中。着物姿に綺麗なうなじ。それから、肌の感触と、香りと……声』  最初は穏やかだった話し声が徐々に色を変え、切なげにかすれた。その低音は体内を一瞬にしてめちゃくちゃにかき乱し、あの夜の情事を思い出させる。その熱情にすべてを取り込まれてしまいそうになる。 「私の、ことを……」 『うん。考えていました。もう一度抱きしめたくて』 「……っ」 『一日一日がとても長く感じました』  彼もきっと同じ欲望に囚われている。その確信めいた推測は唐突に身体の芯を突き、ひそかに収縮させ、奥に潤いをもたらす。 「でも、逢えないです……」  潤は正座の脚をもじもじと動かしながら抵抗を口にした。
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