第三章 一日千秋

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 すると甘い囁きが返された。 『なら想像してください』 「え?」 『僕の姿を想像して。僕もあなたを想像します』 「……は、はい」  まぶたを下ろせば、ぼんやりと浮かび上がるその顔。現れたのはなぜか最初に見たときの髭面だった。 「昭俊さん。髭は」 『髭? ああ……少し伸びてしまいました』  笑いまじりに返された。髭剃りをさぼっていたのだろう。想像の中で苦笑を浮かべる精悍な髭面に、潤は口元を綻ばせた。 『潤さん。今日の服装は』  今度は藤田から質問され、少々戸惑いながら自身の格好を見下ろす。 「黒いセーターに、ジーンズ……」 『ふむ。体験レッスンに来てくれたときの服装と似ているのかな』  そう言われ、潤はまさにその日と同じコーディネートをしていることに気づいた。この地に来てからは私服で着飾る必要のない日々を過ごしてきたし、近頃は特に書道ばかりなのですっかり気を抜いていた。
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