第三章 一日千秋

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「楽にしました」  緊張しながら知らせると、「うん」と満足げな返事のあとに優しい声が続いた。 『僕が後ろから抱きしめてあげましょう。そうすれば背中もあたたかい』  ぞわり、甦る背中を這うぬくもり。背骨を伝い上がり、じん、と脳に甘い痺れを覚えさせる。たくましい腕の感触と耳にかかる熱い吐息を想像しながら、潤は片腕で自身をきつく抱きしめた。 『あなたの身体は柔らかくて、少し冷たい』  耳に押し当てた受話口から吐き出される低音。鼓膜を揺らし、意識をじわりと湿らせる。 『ですが、触れ合っているうちに体温が上がりはじめ、上品な香りを漂わせます』 「そ、そうでしょうか……」 『うん。艶のある匂いがします。全身嗅ぎまわしたくなるくらい』 「やっ、いやです」  小さく叫べば、くつくつと笑う声が聞こえる。
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