第一章 顔筋柳骨

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「こちらに座ってください」 「は、はい」 「その服のままで大丈夫ですか」 「ええ、もちろんです」  体験レッスンとはいえ汚れてもいい服で来るのは当然のことだ。黒いニットに色の濃いジーンズを合わせてきた。  潤は机の前に正座して背筋を伸ばし、そばに膝をついた藤田を見つめた。 「よろしくお願いします」  硬い声に笑みを返した藤田が桐箱を順に開ける。ひとつには硯や筆などの書道用具一式、他方には半紙が入っていた。 「置き方はわかりますか」 「ええと、はい」  昔の記憶を辿りながら、広げた下敷きの右側に箱から取り出した道具を並べていく。筆置きに筆を、その横に硯を、その上のスペースに固形墨を置く。  そのとき、潤はあるものの存在に気づいた。箱の中にはこぢんまりとした丸い陶器が残っている。上部に小さな穴が開いており、側面には注ぎ口がついている。 「藤田先生……これは」 「それは水滴ですね」 「すいてき……」  書道用具としては初めて聞くその名前を繰り返した潤に、藤田はなにかを思い出したように「ああ」と声をあげ、柔らかく微笑む。水滴を手に取り、説明しはじめた。
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