第三章 一日千秋

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 藤田の書道教室で体験レッスンを受けた日。帰宅した潤はひとりこの場所で自慰に耽った。手を握ってきたその熱さ、耳元で「潤さん」と囁く彼の声を思い出しながら。『潤』――あの個展で奇妙な興奮を自分に与えた書を揮毫した人物がついに現実のものとなり、淫らな想像を抑えることができなかった。 ――すごいな、今日は。どうしたんだよ。  その夜、そう口にした誠二郎のなにかに取り憑かれたような視線。それは秘蜜を垂れ流す淫部をねっとりと視姦していた。「中がほぐれている気がする」と言った彼の予感は、まったく気のせいではない。  絶対的な存在であるはずの夫の影はそのときすでに霞みはじめていた。しつこく藤田の話を聞き出そうとする誠二郎に嫌悪感を抱きながらも、その名前に反応した体内が疼きを思い出し、口を広げ、とろみを溢れさせるのを潤は自覚していた。あのとき潤を濡らしたのは夫の嫉妬ではなく、別の男の残像だった。
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