第三章 一日千秋

43/112
前へ
/391ページ
次へ
 経験のない妻の淫花をひらかせたのはこの俺だと、誠二郎はそう思っているのだろう。たしかに初めてを捧げた相手は彼だ。しかし、潤はこれまで夫に対して開放的になれたことなどない。  誠二郎と何度繋がっても、いつも胸には恥じらいを宿し、反応はどこかひかえめで、そうしているのは自らの意思であるはずなのに、最後には滲み出る物足りなさを持て余していた。その複雑な心境をうまく夫に伝える術を持たない潤は得体の知れない欲求にひとり戸惑い、失望し、意識的に遠ざけようともした。  だが、ふとした瞬間に湧きおこる色情はそれを許さなかった。夫のいない間にひっそりと欲を解放する日々を過ごすうちに、その時間が潤にとって唯一の癒しとなっていた。結局、もっとも居心地がよいのは自分自身の心の中だったのだろう。 「昭俊さん……」  心の中に閉じこもっていた自分を引きずり出した人。姿は見えないがたしかに繋がっているその人を求め、潤は電話の向こうに声をかけた。
/391ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2035人が本棚に入れています
本棚に追加