第三章 一日千秋

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 かち、と爪が歯に当たる音が内側から耳に届く。不快感を覚えてとっさに夫の腕を掴むも抵抗むなしく、奥に伸びる人差し指は濡れた舌を押し下げ、舐めろとでもいうようにわざとらしく円を描きながらこすりつける。味蕾がかすかな塩気と苦味を把握した。 「俺が知らないとでも思っていたの」 「あ……は、ぅ……」  首を横に倒そうとすれば、気分を害したのか夫はさらに舌根へ向かって指を押し込んでくる。逆らうように喉の奥から吐き気が込み上げた。無意識に顎を閉じると、歯列に挟まれた硬い肉の感触が脳に伝わった。 「俺の指を噛み切る?」  からかうように口の端をつり上げて誠二郎は言う。 「できるわけないよな。優しくて、甘ったれな潤には」  傲慢にうそぶかれて眉をひそめると、その反応さえも愉しむようにふたたび舌根を強く押された。
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