第三章 一日千秋

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 全身が総毛立つ。胸の前で交差させた両腕は大きな手によって容赦なく解かれ、掴まれた手首を頭の上に挙げさせられ畳に押しつけられる。  夫の顔が近づいた。失望と怒りが共存したような不安定な笑みを浮かべている。 「押入れの中にうまく溶け込ませたつもりだろうけど、見覚えのないバッグがあったら普通おかしいと思うだろ」 「わ、私の持ち物なんて、今まで気にしたことなかったじゃない……」 「ああ、そうだよ、今まではね。全面的に信頼していたからさ」 「……っ」  信頼――その言葉が息を吹きかければ飛ぶように薄く感じるのは、それを信じられるほどの関係性を保てなくなってしまったからか。潤は違和感を禁じ得なかった。 「親父が大変なときに、こんな……」  唐突に落とされたその低い呟きは、あきらかに家族としての責任論を以て妻を責め立て、潤に自らの愚行を思い知らせるものだった。
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