第三章 一日千秋

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 瞬間、夫の眉間に刻まれた皺が深くなった。瞳には不穏な色が差し、その表情には殺気のようなものが漂う。 「そんなのは当然だろう。君はここの嫁なんだから」  強い口調で一蹴された。手首を押さえつけてくる力がぐっと重くなる。 「潤は野島家の一員だよな。病気の親父に尽くすのは普通のことだろう。そこまで想定して俺についてきたんじゃないのか」  さらに続く理屈責めに追い詰められると、呼吸が乱れ喉が渇く。家族だから――その主張は心に深い影を落とした。 「なんだよその顔……なにがそんなに不満なんだ。こんなに自由にさせているのに」  正論によって小さな反論の芽を摘み取られてしまえば、あとにはなにも残らない。潤は黙りつづけるしかなかった。
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