第三章 一日千秋

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「なんでこんなことに……」  気だるげに呟いた誠二郎は、ふと思い出したように顔を上げて横に視線をやった。こたつテーブルの上に目を留めている。  潤に一瞥を投げた彼は片手をテーブルに伸ばしてなにかを取った。引き戻された手がその指に挟んでいたのは、墨がついたままの筆だった。 「君が変わったのはやっぱり書道のせいだよな。字を書いている最中に突然オナニーしたくなるなんて、いったいどんなレッスンを受けたんだ」  潤が声を失くして固まると、彼は本来ならば清潔感溢れる笑みを浮かべる顔を今は不気味にひきつらせ、毛先が鋭く整った黒光りする筆を舐めるように見つめながら言葉を続けた。 「それとも君は、もともと筆に興奮する性質だったのか」 「……っ、ち、違う」 「へえ。じゃあ確かめてみようか」  不可解な言葉を最後に、誠二郎は筆先を潤の目の前まで突き出した。
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