第三章 一日千秋

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 とっさに抵抗しようと腕を揺らすも、いまだ頭上で両手首を拘束する男の片手にきつく押し込まれ、その痛みに動きを阻まれる。眉をひそめた潤を嘲笑うように、墨に濡れた筆は胸横をなめらかに這い上がり、露わにされた脇を舐めまわす。 「うっ……」  小さく呻き声が漏れた。  満足げな表情を浮かべた誠二郎が薄い唇をひらいた。 「さっきの質問だ。誰のことを考えながらひとりでしていた」 「……誰も、考えてませっ……」 「へえ。誰のことも……」  その答えが不服だったのか、彼はひくりと口の端を歪めた。  脇から離れた筆の陰獣は、硯に戻ってその毛に墨液をつけ直すとふたたび白肌に舞い降りた。  胸の先端の周りを絶妙な力加減でくるくると円を描く。そのたびに、ぞわり、ぞわり、と肌が反応する。左右の乳輪の大きさを強調するかのように何度も墨が重ねられ、その色を濃くしていくと、ふたつの黒い丸が描かれた胸はひどく滑稽な模様に見えた。
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