第三章 一日千秋

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「誰にも見せられないように、この奥も黒く塗っておこうか」  意地悪く囁いた誠二郎が、脚の付け根から内側に下りるきわどい線に穂先を走らせる。 「もっと脚ひらかないと塗れないだろう」 「……っ、や……」  どうすることもできない絶望感を前に抵抗の意志がしぼんでいく。このやりとりを藤田に聞かれているかもしれないと思うと喉が萎縮し、声を出すこともままならない。弱気になると、とたんに視界が滲んだ。 「泣く暇があったら、俺の股間でも蹴り上げて逃げればいいだろう」  半笑いで言われ、哀しみの深淵に突き落とされた。  いったいどこへ逃げろというのか。この家から出たところで、今さらどこへ行けるというのか。帰る場所さえ、もうないのに。
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