第三章 一日千秋

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 誠二郎は切迫した様子でネクタイを緩め、荒々しく首から引き抜くと、潤の両手首を掴んでそれを巻きつけた。 「……っ、や、あ……っ」  まともに声をあげる間もなく、細い手首はネイビーのシルク生地にきつく締め上げられた。 「親父はもうすぐ死ぬんだぞ。俺たちがこんなことで喧嘩している場合じゃないんだ。早く、跡取りを……わかるよな、潤」  なにかに取り憑かれたようにそう口にした誠二郎は、ベルトに片手をかけながら他方の手で潤の脚を掴んだ。  野島屋を守るため、夫は自ら正気を捨てたのかもしれない。狂気を宿すその瞳を目の当たりにしてそれを悟り、潤は静かに嘆く。そして、次の瞬間に投げられたひとことに生気を根こそぎ奪われた。 「すぐ元に戻るよ。子供ができれば」
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