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潤は髪を結ってくるのを忘れていたことを思い出した。立ち上がりバッグに歩み寄ると髪留めクリップが入っていないか確かめる。内側のポケットにそれを見つけ、息を吐いた。
「あった……」
ちょうどそのとき藤田が戻ってきた。
「ん、どうかしましたか」
不思議そうな声に、潤は急いで机に向かい座布団に膝を落とした。次いで腰を下ろした藤田に苦笑を返す。
「髪を留めるものを探していました。落ちてきてしまうから、邪魔で……」
まとめた髪を後ろで留める。少し雑になり出てしまった後れ毛を耳にかけると、近くでそれを見ていた藤田が納得したように笑った。
「それだけ綺麗な髪だとかえって大変ですね。するすると落ちてくる」
「え……いえ、そんな」
特別な意図があって褒められたわけでもないのに、夫以外の異性から久しぶりに貰う言葉になにを返せばいいのかわからなかった。
耳に指を添えたまま黙る潤をよそに、藤田は穏やかな笑みを崩さずに水滴を机の上に置く。わずかに肩すかしを食らったような気分になる潤だったが、さっそく始まるレッスンに気を引き締めた。
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