第三章 一日千秋

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 かさりと乾いた紙に触れる音がした。瞬間、潤は全身に激流が押し寄せるのを感じた。 「だ、め……っ」 ――それだけは奪わないで!  心は叫び、きつく束ねられた両手と塞がれたままの下半身を必死に動かして暴れる。だがそうすればそうするほど、夫はそれを上まわる力で腰に体重をかけてくる。  ひらりと視界の中に現れた半紙。藤田の教えを受けて書いた、激しい想いが黒々と染み込んだ書。それを見せつけるように突き出した誠二郎は、紙の上部を左右の手でしっかりと握りしめた。  潤は低く呻き、涙に覆われて歪む墨文字を目に焼きつけた。もう書けないかもしれないと思った。  直後に聞こえた、かすかに紙の繊維が千切れる音。一瞬ののち、びりっ、と無情な音とともにそれは造作なく真っ二つにされた。心まで引き裂かれるようだった。
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