第三章 一日千秋

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 夫がなにを考えているのかもうわからない。いや、今まで夫の思考を理解したことなどなかったのかもしれない。潤はそう思いながら、頼りない腕で畳を押して白黒の紙片が貼りついた上体を起こした。  そのとき、そばに放られているジーンズの下から鈍い振動音が聞こえてきた。とっさに藤田の顔が頭に浮かび、手を伸ばす。しかし、ジーンズを掴み上げてスマートフォンを手にしたのは夫だった。  あっ、と潤が声をあげるより早く、誠二郎が発信者を確認する。画面を見つめるその表情が一瞬怯んだように見えた。彼は電話に出ようとも切ろうともせずに静止している。  長い着信。嫌な沈黙を裂くように、それは唸りつづける。 「……誰」  思わず呟くと、威嚇するような視線を返された。  息を呑んだ瞬間、玄関の引き戸が勢いよく開けられる音がした。
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