第三章 一日千秋

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◇  妻と母がいなくなった静かな居間で、誠二郎はあぐらをかいてぼんやりしていた。  仕事に戻る前に汚れてしまったワイシャツとスラックスを着替えなければ。頭で考えながらも、唐突に芽生えた不信感が思考を支配し、立ち上がることを阻止する。  ふと目に入った自らが破り捨てた紙片を意味もなく一枚拾い上げる。かすかなざらつきを指先に感じ、なんとなくまた手放した。  こたつテーブルの上には出しっぱなしの書道用具と、手本らしき冊子、それと新聞紙の上に書が数枚並んでいる。 「……くだらない」  紙に向き合う妻の姿を想像し、吐き捨てた。  いったいなにが愉しくて彼女はこのようなことをするのだろう。書き慣れない漢字を反復練習する子供のように意味もよくわからない言葉を何度も書いて、なにが得られるというのか。まったく非合理的で理解に苦しむ。
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