第三章 一日千秋

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 誠二郎は口元を歪めた。 「嘘だろう。あなたが待っていたのは俺じゃない。俺は身代わりだ」 「違う、私は最初から――」 「最初から?」  美代子の声を遮り、込み上げる嘲笑を漏らす。喉を押し上げてくる言葉を吐き出さずにはいられない。 「最初から俺じゃないんだよ。周りから期待されているのも」 「そんなこと……」 「兄貴が死んだとき、それが改めてわかった。親父は今でも兄貴に継いでほしかったと思っている。死ぬ間際になっても野島屋のことしか頭にない。俺のことはスペアくらいにしか思っていないのさ」 「誠二郎くん!」  叫びとともに美代子が腰を上げた。  彼女が身を寄せてくる。そう認識するより先に、細い手に頭を包まれ、その胸に引き寄せられた。
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