第三章 一日千秋

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 空いたスペースに桶を置き膝を下ろした美代子は、色っぽい仕草で左の振りに右手を忍ばせ、袂から白いハンカチを取り出した。 「掃除でも始めるつもりですか」  誠二郎の問いに微笑を返し、おもむろにハンカチを広げる。大判でレース仕立てのそれの角には一箇所だけ小さく紫苑色の花の刺繍が入っている。 「じゃあ、脱いで」  淡白な声で彼女は言った。  信じられない要求に誠二郎が目を見ひらくと、余裕ありげな表情で彼女は続ける。 「身体を拭いてあげる。汗を流さないと着替えたときに気持ち悪いでしょう。母屋のお風呂は潤ちゃんがいるから使えないし」 「平気です。もう乾いた」 「意地張らないの」 「俺は病人じゃない」 「でもすごく疲れてる」  美代子は引く気がないようだ。ハンカチを湯に浸して全体を濡らし、絞る。湯のしたたる音が妙に響き、静かな部屋にぬるりとした空気が漂う。
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